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その61 ある作家の、野球 |
行きつけの飲み屋のテレビは年代物である。でっかいブラウン管を抱え、プラスチックのそれは、タバコの煙に燻され、茶色に変色し、リモコンはひび割れている。だからBS放送など受信できない。アナログ専門である。それでも映るから客には重宝している。 4月―。 野球シーズンが始まると、かつてこのテレビはプロ野球中継一辺倒だった。一日の仕事を終えた労働者たちがかたずをのんで画面を見守った。巨人ファンばかりだった。 ところが最近は野球中継がない。「ラジオの中継を流してよ」と客はしびれを切らすが、店の主人は「じゃぁ、ラジオ買っておいで」と取り合わない。 中継が無いから、話題といえば女と博打だけで、店は殺伐としてきた。視聴率が取れないから野球中継などない。ファンの気持ちなど、テレビ局は斟酌してくれない。ファンと選手のための野球は今、いかにも心もとない。 例えば2004年にプロ野球初のストライキが起きた。ある作家がこんな文章を残している。この騒動を通じて、野球界の体質が分かった、と書いている。抜粋する。 「@オーナーたちは自分を殿様のようなものだと自惚れており、選手を家来か又家来(またげらい)くらいにしか考えていないA新しく球団を持ちたいという者があれば、その者から何十億という加盟料(しょばだい)を取るBその加盟料は既存球団が山分けするCしかも加盟を希望するのは「しかるべき企業」でなければならないDさらに「しかるべき企業」かそうでない企業かについて判断する基準が無く、オーナー会議が多数決で決めるE球団社長も球団代表もじつはオーナーの使い走りにすぎなかったFコミッショナーが独活(うど)の大木よりも役に立たない存在だった」。 なんとも手厳しい指摘である。まぁ、現実は楽天が参入し、札幌、仙台にと地元に根付こうとする球団も現れた。少しは進歩したのだろう。もっともオーナー達や、野球機構関係者が本当に心を入れ替えたのかどうかは怪しいものである。視聴率が取れないのはなぜなのか、どうしたら球界は生き返るのか、現実を直視した改革が見えないのである。 さて、前述の「作家」とは誰だろう。 4月9日に亡くなった、井上ひさしさんである。 国鉄スワローズ(現東京ヤクルトスワローズ)のファンで、野球にまつわるエッセーも多い。小説家、劇作家、放送作家としての顔ばかりが有名だったが、どっこいファン、選手の立場から野球をひたすら愛した、その人だった。 冥福を祈りたい。
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