その55

少女の背中

 

 不景気ということもあって、比較的近場の出張は、新幹線など特急料金のかかる列車に乗らなくなった。先日、高崎から信越線に乗り換え、取材に出かけてきた。高崎まで新幹線なら1時間程度だが、在来線の旅は2時間、乗り継ぎもあって思いの外、時間がかかる。
 もともと電車が好きだし、景色を眺めながらの旅は悪くない。車窓から学ぶことは多い。ただ、長い時間座り続けるのはさすがに歳のせいか、辛くなっている。それでも時折立ち上がって腰を回せば何とかしのげるものである。
 取材を終え、高崎まで着いて普通電車に乗り換えた。出発時間まではまだ少々ある。朝が早かったから、最終車両の座席でうつらうつらしていたら車内アナウンスが聞こえてきた。女性の声である。今時、女性車掌など珍しくも無くなったが、妙にすがすがしい声で目が覚めた。
 グレーの帽子にベスト、スラックス。シャツは薄墨のそれで「なかなかJRもセンスがいいわい」と感心した。見ていると、まだ車掌になり立てなのだろうか、動きがきびきびして好感が持てた。
 定刻で電車は出発、順調に上野へ向かって走る。
 鴻巣駅に着いたときだった。発車ベルが鳴り響く中、最終車両の最終ドアに、大人に手を引かれた少女が乗り込んできた。白い杖を持っている。傍らの大人は制服、制帽。腕章に「警察」という文字と、「JR」のグリーンが見えたから鉄道公安員だろうか。
 「…駅まで御願いね」。
 よく聞き取れなかったが、公安員から女性車掌へ伝言があったようだ。少女を座席に座らせると、公安員は電車を降りた。がっちりした体格の、日焼けした顔はいかにも善人風で、見ていてこころが和む。
「いい男だなぁ」。
 電車が走り始めると、車掌がガラス越しに少女を観察している風だった。少女は背筋をピンと伸ばして座っており、杖を垂直に立てる。列車が左右に揺れるたびに、コトコトと床に杖のあたる音が響いた。
 電車が北上尾駅に着くと、やはりドアの前にワイシャツ姿の駅員が待っていた。少女はドア付近で手を取ってもらい、降りていった。通学鞄を肩にかけていたから、授業のある日は毎日、こんな風景が繰り返されているのだろう。
 発車のベルが鳴り、電車が動き出す。少女と駅員の背中を追うように速度を上げてゆく。追い抜きかけたとき、女性車掌が少女の背に向け、小さく手を振った。