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その54 |
会社へ出勤したものの、用事が早々に終わってしまい、ちょいと浅草で出かけてみた。3連休の最終日で、骨董市が行われているのを思い出したからだ。 ここ数年、着物に凝っていて、骨董市で探すのが常になっている。もちろんあつらえるのが筋なのだが、なかなか高価で手が出せないこともあるし、ネットを利用すれば中古品ならかなり安く手に入る。江戸時代はリサイクルの発達した時代で、古着屋が繁盛した。まぁ、それに倣ったというわけである。 相変わらずの人混みで、100店ほどある会場内をふらふらと歩く。着物ばかりではなく、ありとあらゆる雑貨が集まっており、安いものは数十円、高いものは数百万円のものまである。冷やかしながら歩くと、1,2時間はすぐにたってしまう。 実は昨年、銀鼠(ぎんねず、簡単にいえば灰色)のアンサンブルをあつらえたものの、羽織の紐に気に入ったものがなかった。着物というもの、女物は潤沢だが、男物はどういうわけか、どこへ行っても出物が少ない。まして羽織紐などはよほど丁寧に探さないと気に入ったものが見つからない。 とある店に首をつっこんだら、ちょいと粋な逸品に出会った。茶にちょいとグレーがかかかって、羽織に引っかけるフックが銀製である。ここらに金をかけるのが通と言われるところで、前の持ち主はそこそこの人であったのだろう。値段をみると3150円と値札がついている。どうしても欲しいのだが、根がけちなものだから踏ん切りがつかない。 「どうせ、大旦那が流した羽織におまけで付いていた紐だろう。それで商売をしているんだから、まけなさいよ」と2000円でどうだ、と持ちかけた。 「旦那、そりゃないですよ。この骨董市の所場代だけでウン万円とられて、さらに駐車料金も一日5000円なんですよ。これ以上、泣かさないで。今日が骨董市の最終日で、後がない」と女主人。 結局、間を取って2300円で手を打った。 「有り難うございます。これ、その代わりのおまけ」といって差し出したのがチョコレート。それまで羽織紐ばかりに目がいって、女主人の顔を見ていなかったが、よく見るとこれが40歳そこそこのいい女。「ありがとよ」といって店を出たが、帰る地下鉄の中、ふと気がついた。 「もうすぐバレンタイン。そのチョコレートだったか」とは野暮だったか。とって返そうかと思ったが、電車はすでに銀座にさしかかっていた。 おじさんの思い過ごしだろうか。それでも一日は豊かに過ごせるものである。 |