その45

断ち切られた夢

 

   4月28日に、第一生命が発表した「子どものなりたい職業調査」によると男子のトップは「野球選手」だそうだ。
 前回1位の「サッカー選手」を抑えての返り咲き、とある。プロ野球人気が低迷する中、「そんなモンかいな」というのが実感だが、新聞記事にある「日本人大リーガーの活躍を反映」と言われると、そういうことかと納得した。
 子どもの頃、学校で「大きくなったら何になりたい」と聞かれた。「野球選手」もあったが、「電車の運転手」は男子の間ではずいぶんと人気があった。
 昼すぎの出社で、毎日電車にはお世話になっているが、ホームに進入してくる電車の運転手を見るにつけ、「この人は子どもの頃の夢を叶えたのかな」と思ってみたりする。存外に不機嫌そうな表情なのでがっかりするときもあるが、まぁ、ニヤニヤしながらの運転ではかえって不安になる。
 福知山線の脱線事故は未曾有の惨事になった。運転手のキャリアが問題となり、責任を追及されるようである。
 この運転手の顔写真を先がけて掲載したのは某夕刊紙である。先日、この会社の人間と一杯やったら「その紙(業界では新聞のことをカミと略する)がずいぶん売れましてね」との感想だった。
 「おれなら掲載しないね」と返事をしたら怪訝そうな表情をされた。
 「そりゃ、世間の関心事だろうけれど、人が知りたいからといって何でも知らしめる、というのはどうかな。知りたいことではなく、知らせるべきものとは何なのか。このごろの新聞、テレビはその見境がない。少なくとも事故の原因を追及するのに顔写真は必要ない。誰もがその顔は見たいだろうが」。
 関連する記者会見を見ていたら、質問する記者の言葉遣いも気になった。ある時はほとんど罵声に近い、詰問調の問いかけである。相手に懺悔させ、泣かせることが事の本質ではあるまい。
 何を苛立っているのか。そんなことを考えながら深夜、仕事をしていたら、あるOBから「被害者全員の人となりを掲載するつもりはないのかい。こういう記事が一番読まれるんだ」と電話がかかってきて閉口した。「残念ながら、『全て』という感性はありません」と返事をしておいた。
 大学進学を家庭の事情で断念しJR西日本に就職した運転手も、入学したばかりの大学生も、老後を楽しみにしていた年輩者もそれぞれの夢があったろう。
 理不尽に断ち切られた夢を思うと胸がつぶれる。感情的な加害者、被害者の腑分けばかりでは死者は浮かばれない。