その42

Never too late!

 

 カラオケのずいぶん流行った時期があったが、最近はどうなのだろう。
 飲むばっかりで歌うのはさっぱりになったが、ちょいと気分が乗ると小さなジャズ・バーへ出かけることにしている。銀座にも数は少なくなったがライブハウスが数軒あり、そこで働くピアニストが息抜きにやって来、アップライトの鍵盤を叩く。
 客は50代が中心で、若かりし時にジャズになじんだのだろう。店にあるギター、ドラムに手を伸ばし即席のバンドが出来上がる。

 演奏される曲のほとんどが外国のものだが、先日興がのって「時代おくれ」を歌ってみたら珍しく好評だった。
 「目立たぬように はしゃがぬように」ときて「時代おくれの男になりたい」と締める。作詞は阿久悠。1986年(昭61)、まだバブルが盛りの時分に作ったもので、しかし故河島英吾が歌ってヒットしたのはずいぶん後だったと、その著書「昭和おもちゃ箱」には書いてある。
 原稿の一部を引用してみる。

 「さすがに、ブランド物を大量買いし、財テクに走り、すべてのことがノーリスクだと信じていた時代には、僻みか厭がらせ程度にしか思って貰えず、ほとんど(曲は)売れなかった」。それが「バブル崩壊の時代に入って突然歌われるようになった。大ヒットではないが、愛唱してくれる人の多い歌になったのである」。
 日本人もバブルにはずいぶん懲りたはずだが、この後遺症を阿久悠さんは「(バブルを)念じる大人や、その大人が主流の社会の姿を見て、子どもたちは虚無になり、絶望する」と結んだ。
 子ども達の殺伐とした昨今の風景はこんな所にも原因がある。要は大人がだらしなくなった。新聞の社会面に氾濫する破廉恥な事件がその証左だろう。


 前書きが長くなった。言いたいことはこうである。
 1月30日、大リーグ・レッドソックス入りが決まった前横浜・デニー友利が会見を開いた。1年のマイナー契約。メジャーに挑戦する日本人では最年長、37歳のオールド・ルーキーは興奮を隠しきれない様子でこう言った。
 「チャレンジではなくて…、いやチャレンジであってサクセスではない。スタートであってゴールではない」。そして、こう付け加えた。「Never too late! 人生遅すぎることはない」。

 こんな大人だって、いる。