その40

読む「予知」

 

 スマトラ島沖地震に伴う被害が日を追うごとに拡大している。
 胸のつぶれる思いだが、そんなニュースの狭間でちょいと驚かされる記事にぶつかった。スリランカ南東部にあるヤラ国立公園では野生動物の死骸が見つかっていない、というコロンボからのロイター電である。
 記事によると鳥獣保護区の同公園にはヒョウや数百頭の野生のゾウが生息しており、今回の津波では沿岸から3キロ以内の公園が洪水状態になった。
 ところがこのエリアではゾウはおろか野ウサギの死骸すら見あたらないという。動物の持つ予知能力ということだろう。

 「予知能力だけでは野球選手にはなれないんだよ」と教えてくれたのは広島球団監督、山本浩二さんだった。
 「例えば、投手の投げる球種が事前に分かったところで、その球を打ち返す技術がなければ意味がない。バットにボールが当たらなければ、打者としての仕事をしたことにはならないんだから」。

 ずいぶん前の話だが、山本監督の現役時代のノートを見せて貰ったことがある。入団1年目から書き込んできたもので、デビュー直後のノートには対戦した投手の配球、癖、性格、捕手の思考がびっしり書き込まれていた。
 自分の目だけではなく、他人から仕入れた情報も書き加えられた。もちろん、選手生活を重ねるうちにメモは減っていったが、新人投手が出てくると書き込みはまた増えた。
 一方、150キロのストレートを投げる投手には、たとえ40歳の体でも対応しなければならない。力には力。予知は万能ではない。

 「球種は予知するものではなく、読む、ものなのだ。読むためにはデータを集めるしかない。その努力をするか、しないかで野球人生は大きく変わる」。
そんな思いでここまで生きてきた。
 「あの長嶋さんの動物的カンだって同じこと。ノートに書き込むか、頭の中で整理するかは手段の違いだけで、やっていることは全くおなじことだ」。

 人間も、かつて動物に近い生き物だったころ、ゾウ同様の予知能力を持っていたのかも知れない。進化の過程でどこかに置き忘れてきた能力、そんな気がする。
 地震予知も野球も同じだろう。科学という地道な「読む」努力の積みかさねが、今回のような地震による悲劇回避の手段となり得る。