その36

誰だって
知っていること

 

 右翼から本塁へ強い風が吹き抜けていた。
 マウンド上の右投手は振りかぶると、左打者の胸元に速球を投げ込んだ。
力強く引っ張ると、カーンという乾いた快音。
 するとネット裏貴賓席にいた3人の老人たちが「行ったぁー」と歓声をあげ、椅子から腰を浮かせた。
 同じ席後方にいた私は「この人たちはまるっきり野球が分かっていないぁ」と吹き出し、泣きたくもなった。
 打球は強風に押されみるみる失速、右翼手の定位置前に力無く落ちた。当たり前である。
 投手は逆風を計算するから、打者の打ち気を誘う甘いボールを投げる。
 本塁打などになりっこない。

  こんな事は少年野球の選手だって知っている。 

 昨年10月11日、ファーム日本選手権が長野オリンピックスタジアムで行われた。
前述の3老人とは中央に川島前コミッショナー、左右に陣取っていたのはセリーグ豊蔵、パリーグ小池両会長。こんな方が実は日本の球界トップである。
 川島コミッショナーはようやく身を引いたが、両会長はこの合併・再編問題のさなか、残念ながら現役である。 
 8月4日付のデイリースポーツが阪神前監督・星野仙一氏と元自民党幹事長・野中広務氏の対談を掲載している。
 その中で星野氏は「球界が官僚の天下り先になってますから。前(コミッショナー)の川島さんもそうでしょう」と発言。
野中氏も「だいたいコミッショナーが根来さんって(元)高検検事長ってアンタ、どういうことですか」。
 言葉を引き取った星野氏は「日本の検事総長候補って、あの程度ですか。『僕には権限がない』とか」と調子に乗っている。
 ご両人、あんまり人の悪口を言わない方がよい、とは思うが的を射ているという意味では首肯せざるを得ない。 

 「僕には権限がない」は根来コミッショナーのすっかり十八番(おはこ)になった。
 何を聞いても煎じ詰めればこの返事である。合併問題についても「商法上の問題」と逃げる。
 立場上、不用意な発言が出来ないのは分かるが、なにも法解釈の説法をうかがうためにコミッショナーに就任してもらったわけではない。
 野球協約9条には「コミッショナーは、野球最高の利益を確保するために、この組織に属する団体あるいは個人に指令を発することができる」と明文化されている。
 野球界の憲法、野球協約は、それは業界のローカル・ルールではあるが、きちんとコミッショ
ナーの職分を定義している。
 「権限」はある。あとはやる気だけである。 

 こんな事は一般野球ファンだって知っている。