その24
松井稼頭央と
火打ち石

 

 東京は羽田に穴守稲荷という神社がある。
 その昔、母方の縁者がここの参道で料亭を営んでおり、その関係で、正月といえば初詣に出かける。
 小づくりな境内だが、本殿、拝殿、神楽殿などが整然と配置され、伝統の重みを感じさせてくれる。
 正月や祭事でもなければ、人影もまばらで、参道にある3軒並びの土産物屋は十年一日のごとく、お稲荷さんへの油揚げ、白玉、お神酒、羽田名物の佃煮を店先に並べて客を待っている。
 真ん中の店のガラス戸に「火打ち石あります」の札を見つけたのは2,3年前だったろうか。
 店の主人は足に障害があり、ずいぶん前から車椅子の生活を余儀なくされている。
 札に惹かれて「ひとつ見せてください」と声をかけたら、物憂げに半身をひねり、後ろの棚から段ボールの小箱を出してくれた。
 大小の石が10ばかり。「でかいのが3000円、中っくらいは2000円。小粒は1500円」と素っ気ない。
 テレビの時代劇で、銭形平次が神田明神下の長屋からの出がけに、女房のお静に切り火をしてもらう。厄払いや、邪気を祓うあの火花のもとがこの「火打ち石」になる。
 「兄貴が秩父の山奥あたりから、時々持ってくるんだ。こんなモン」と出所はいかにも意味深だが、早速2000円の、使い良さそうなものを選んで買った。
 実はこの「火打ち石」、私の手から第三者を経て、大リーグ・メッツ入りした松井稼頭央の自宅にある。
 シーズン中、出がけに切り火を右肩口に飛ばして(これがしきたりだそうだ)球場へ向かう。ケガのなきよう、無事に1年が送れますよう――そんな思いがこめられている。
 「なかなか粋な若者がいるじゃないか」と関係者の間でちょいと話題にもなった。
 先日、地元で一杯やっていたら、知り合いの鳶(とび)が飛び込んできた。
 「どうするねぇ、(正月の)松飾り。今年も買うかい」と聞くから「来年の春にゃ、ウチの娘が高校受験だ。ゲンも担いで、威勢よくやってくれい」と返事。「そうこなくっちゃ」と笑いあった年の暮れである。
 松井稼頭央はニューヨークに「火打ち石」を持ってゆくだろうか。
 とあれ、日本人初のメジャー内野手誕生だ。
 暗いニュースを威勢よく吹き飛ばして、2004年はよい年になってもらいたい。
 松井にとっても、私にとっても、あなたにとっても。