その20

よく頑張ったよ
と言ってよ

 

 朝起きると枕元の、ラジオのスイッチを入れる。商売柄、何か情報がないか確認する。
 この時期、聞こえてくるのは高校野球の実況中継(私の起床時間は午前10時、真夜中の仕事だからお許し願いたい)、球音が目覚まし代わりになっている。
 雪谷(ゆきがや)高校が早々に負けてしまった。都立勢の出場ということでずいぶん盛り上がったが、結果はご存じのとおり大敗である。
 「やっぱりね」と言ったら、知人に「なんでそう言うかね。1点返したじゃないの。よく頑張ったと言ってよ」とたしなめられた。なるほどね。
 ちなみに、その知人は雪谷OB。身内意識も手伝ってのことだろう。
 実は、ささやかだがこの高校に縁がある。雪谷高校と同じ学区で私も場末ながら、都立高校の野球部員だった。
 部長を務めたのが数学の教師で、担任だった。
 怖ろしく速いノックを打つ人で、守備練習ではずいぶん可愛がられた。
 その部長は数年後、雪谷高校に転任し、またしても野球部長になった。その当時の教え子が、今回の雪谷高校監督、相原健志さんだそうだ。
 「同じ野球をやって、かたや甲子園、こちらは3回戦(そのうち1回は不戦勝)。先生、雪谷とウチでは、情熱の入れ方が違っていたんですね」。
 雪谷高校の甲子園出場が決まった夜、電話で恩師と話した。
 「お前らは本当にへたくそだった。それでも3年の最期は学校開闢(かいびゃく)以来(といっても新設校で創立3年目だったが)の公式戦初勝利だ。甲子園に行ったようなモンだ」。
 雪谷高校を肴(さかな)にひとしきり話は弾んだ。恩師75歳、私は50歳になった。まさか、こんな形で野球談義ができるとは思わなかった。
 「でもな、お前達もよく頑張ったよ」
 そうか、僕らも「頑張った」のか。雪谷高校のように。