その16

日本野球界番付

 

 「おたくはん、野球担当の方でっか?」
 自席でパソコンに向かっていたら、声をかけられた。小柄な、人の良さそうな人物が手揉みしながら立っている。
 社内入館用のバッジも付けていないし、「一体、どちら様で」と目を丸くした。どうやら許可もなく6階の編集局まで上がって来たらしい。
 名刺を頂くと「富安為右衛門」とある。変な名前。
 「わて、大阪でこんなモン、作っていますのや。かわった名前? それ商売用ですわ」
 なるほど大阪商人だ。東京の人間がこんなふうに、飛び込みの仕事はできまい。
 それはともかく、その為右衛門氏が紙袋から取り出したのは「平成十五年 日本野球界番付」である。
 以前、このようなものが大阪で売られているとは聞いていたが、現物を見るのは初めてだ。
 「ほーっ」と身を乗り出すのは、こっちのほうだ。日本野球界番付社という会社が大阪市北区にあり、毎年番付編成会議を開き格付けをする。
 今年は現役行司さんの手になるもので、いわゆる相撲番付の、サイズも体裁も同じ野球版である。
 プロ野球選手約800人を横綱から序の口まで実力順に並べており、1万枚発行しているそうだ。
 新番付を見ると大関に近鉄ローズ、中村、ヤクルト古田、西武松井とある。残念ながら横綱は不在だそうだ。
 松井が巨人にいれば、一人横綱で奮闘、大関のローズは大相撲同様、外国人力士の台頭といったところか。
 イラクで戦争が始まり、毎日がうっとうしい。戦争を仕掛ける方も、仕掛けられた方も常軌を逸脱した悪の「横綱」級である。
 平和ボケといわれそうだが、ユーモアあふれる野球番付を眺めながらホッと一息をいれる。
 番付中央には墨痕鮮やかに「蒙御免」。ごめんこうむる、と読む。本来勧進相撲を寺社奉行から許可を得たとの意味だが、小市民にとって、独りよがりの戦争もまた御免蒙りたいのである。
 いやな時代になった。