その7

汗まみれの
原稿用紙

 

 夏。昔の(そんなに昔の話ではないが)野球場は暑かった。
 ドーム球場が主力となり、野球観戦もずいぶん快適になったが、当時はナイターとはいえ、何しろ露天である。
 パタリと風が止めば観客の熱気と相まって、そりゃ蒸し風呂状態だった。記者席も例外ではなく、首にタオルを巻き付け、汗を拭いながらの取材だった。
 現在の常設球場で露天の記者席(銀傘はあるものの)は甲子園球場だけ。
 浜風という涼風も時には吹くが、記者席はその位置関係から恩恵には浴さないしかけになっている。
 広島市民球場は試合開始前後から瀬戸内海の夕凪(ゆうなぎ)時間帯となり、ぴたりと風が止む。おまけによせばいいのに西日が正面から射してくる。
 もっとも、現在はエアコン付き、ガラス張りの記者席になった。
 今はパソコンで記事を送るシステムだが、当時の原稿といえば手書き、それをファックス送信していた。
 ペンを握り机に向かうが、顎から滴り落ちる汗が原稿用紙にしみこみ斑点(はんてん)になった。
 ペンの文字は滲むし、汗にまみれた原稿用紙はファックスにかけると、機械の中程でちぎれ、詰まった。記者席の隣にはファンが観戦中だし、あんまりみだらなことも出来ないから、一応すました顔をして原稿を書いてはいるが、内心は不機嫌そのものである。
 「ビール、いかがですかっ!」と売り子が傍らの観客席をよぎる。「1杯、くれ!」と叫びたくなるのは、そんな時だった。
 ただ、ファンとの一体感は、露天の球場の方があった。
 甲子園球場。阪神が勝つと「ニイちゃん(どうやら、私のことらしい)、うまく書いとってや。頼むで」とえらく機嫌がいい。
 ただし、大敗でもしょうものなら、紙コップが頭上から降ってくる。ひどいやつはビニール袋に小水入りである。
 こっちも血気盛んな頃だったから、飲みかけのジュースをぶっかけ返し、記者席と観客席を区切る金網越しに罵倒(ばとう)を繰り返したこともあった。まるで動物園である。
 ヘトヘトになって、試合後の、スタンドのゴミをはらう清掃機の爆音(騒音などというような生やさしい音ではない)の中で最終原稿を送り終わる。
 会社のデスクへの連絡ももどかしく、球場近くの居酒屋に飛び込み、駆けつけ3杯。
 「ウオーッ、生き返ったぜ!」
 そんなうまいビールを飲む機会もすっかり減った。