その4

スポーツマンの
自立

 

 私の姉は陸上の選手だった。小さな地域の競技会ではあつたが、ハイジャンプの記録保持者だった。
 私が中学校に上がった時、一面識もない陸上部の監督が私を突然呼びつけ、有無も言わせず100メートルを走らせた。「駄目だな、運動神経は遺伝していないようだ」と言って、私は所属もしていない陸上部を早々にクビになった。
 以来、私はスポーツに対して説明のつかない劣等感を抱いている。
 姉は不慮の事故で早々に人生を「店閉まい」してしまい、悲しくもあったが、比較される重圧から解放された安ど感は、子供心に沈澱した。

 4月21日のロッテルダムマラソン。
 優勝した大南敬美は姉・博美と一卵性双生児だそうだ。日本歴代6位のタイムでマラソン初優勝、姉もすでにアジア大会代表の座を得ているというから、神は才能を均等に与えたようだ。
 幼いころから同じ道を歩み、マラソンデビューも同じ、ただし今回だけは同じレースに出場する事は避けた。
 愛知教育大名誉教授で一卵性双生児の発育・発達を研究、大南の監督でもある竹内伸也氏(70)は「今回の取り組み方については、一卵性がプラスに働いた。2人の相乗効果がない限り、五輪はないですから」という。
 つまり、別々のレースに二人を出場させることでの「反応」を見たわけである。
 そして、竹内氏はこうも付け加えた。「これでお互いが自立してゆく。人間的にも成長してゆくだろう」。

 そうなのだろうな。このレースは幸い結果が出たが、本来の狙いは(もちろん、勝つことも重要だったろうが)二人の「自立」にあったのだろう。
 スポーツを運動能力の優劣ではなく、人生という大枠から眺められる、良い指導者だなと思う。一卵性双生児であれ、兄弟姉妹であれ、いずれ1個の人格として離ればなれになるものなのだから。

 その意味では、私を早々にクビにした中学校の陸上部監督は、私の「自立」を促してくれた貴重な恩師とも言えそうだ。
 劣等感にさいなまれた自分が、まさかスポーツで飯を食う商売に入ろうとは思いもしなかったが。