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その2 狸の穴 |
自宅への帰り道。線路脇の、狸の洞穴のような長い暗闇の途中に小さな中華料理屋がある。中国からの出稼ぎだろうか、たどたどしい日本語の若者が店を経営していた。 「いらっしゃい」。イントネーションで分かった。かつての仲間から店を譲り受けたのだろう。「ビールと餃子!」――無言で調理を始めたが、出された餃子は冷凍を温めただけの、御世辞にもうまいとは言えぬ代物だった。 「餃子、まずい?」。 正面から聞かれて面食らった。思わず吹き出した。怖いもの知らずの特権である。 「ここはお前の国ではない。出しゃばってはいけない。」 ダイエーの監督になって、王さんがある日本人選手をダッグアウトの中で殴った。「本当に殴ったのですか?」。そう尋ねると「おれの椅子に足が引っかかって転がっただけだよ」。答えにはなっていなかった。しかし、その一件があった年からダイエーは強くなった。王さんの、何かが吹っ切れたような気がした。 ペナントレースが始まった。王さんは一流の監督になった。それでも勝つときもあれば、負ける時もある。さい配批判のかまびすしい時もある。 「わたしの野球、まずい?」。今の王さんなら、そう言って居直れるだろう。ずいぶん時間がかかった。中華料理屋の若者とは、過ごした時代が違っている。 |